清潔な生活環境は健康に良いか
私は仕事がら毎日土をさわります。最近は園芸用土にも清潔さが求められていて、黒土や腐葉土の単体販売が減っているように見えます。室内園芸やベランダ園芸向けの清潔な培養土、植物種ごとに~~用、っと歌った配合用土が、園芸用土売場のほとんどを占めていて、昔ながらの有機質素材をほとんど使わない傾向になっているのです。昔ながらの有機質培養土には微生物がたくさん含まれています。それは虫を嫌う人たちがとても多くなったこととつながっています。子供の頃から虫を怖がる親に刷り込まれているので、たとえ男性でも小さな虫を怖がります。しかも堂々と嫌いであることをアピールするのです。まるで虫を嫌うことが文化的な生活を送る人間の証でもあるかのように。これは全くもってナンセンスだと思うのです。「私はどんな植物でも必ず枯らせてしまうんです~。」と堂々と言い放つ女性たちと少し似ているかもしれません。生活環境を清潔に保つ傾向は度が過ぎてしまっているかもしれませんね。先日、極端な潔癖症の息子さんをもつ女性に会いました。親の座ったトイレの便座に座るのが駄目とのことで、息子さんの為に専用トイレを作ったとのことでした。呆れて、黙って聞いているのみでした。もちろん抗菌処理加工の便座でしょう。
人間は伝染病の撲滅に苦労した過去をもつおかげで、微生物の多くは悪玉だと思ってしまう傾向にあります。ところが、人体内には、1000種類以上もの微生物が生きていて人体と共生関係を結んでおり、微生物なしでは生きてゆくことができません。病原体から身を守るためにも、外部から入り込んだ微生物の協力なしには免疫システムがうまく働かなかったり、食べ物からの栄養吸収も微生物に頼って吸収しています。人に住み着く微生物の数は、人体の細胞総数30~40兆個を大きく超えているらしいのです。もちろん胎児の時はほとんど無菌状態。生まれてくる時に母体からもらい始めるところからスタートし、善玉と悪玉の判断を繰り返しながら、成長するたびに体内の微生物相を増やしてゆきます。この判断を繰り返す経験がとても重要なようなのです。新生児の頃から少しずつ少しずつ様々な菌にさらされることにより、自身の害になる微生物なのかそれとも協力関係を結ぶべき微生物なのかを判断する能力が養われるらしいのです。アレルギーや喘息が増えたのも清潔過ぎる生活環境が原因の一つなのかもしれません。子育て中の親御さんたちは心すべきことだと思います。
そして植物も人や動物と同じく、微生物とともに暮らしています。有名なのは松茸の生える、松と菌根菌との共生関係です。松が光合成活動で作った養分を松茸の菌に渡す代わりに、光合成では作ることができない成分を松がもらいます。そして病原菌の侵入を拒んでくれます。根の中や根の周りには多くの種類の微生物が集まっていて、植物と共生関係を築いています。その微生物たちが食べる有機物を微生物たちが分解できるレベルまで細かくしてくれるのが肉眼でも確認できるような小さな虫たちです。室内で育てる観葉植物の鉢土などでよく見られるのは、体長が1〜2mmのトビムシ。土隠しの素材が置いてあるとほとんどの人は気づきませんが、何度か苦情をいただいたことがあります。なんでおたくはそんな不潔な土を使っているのか、と叱られるのです。トビムシは人やペットには全く害がありません。土中の有機質を細かくしてくれている、どちらかというと益虫になります。何を説明してもお客様は、気持ちが悪い、不愉快、虫が大嫌い、の一点張りで、土を取り替えろ、とおっしゃいます。ここに貼り付けてある写真は、苔玉などによく使われるハイゴケ。栽培品もありますが出回っているもののほとんどが採集品です。採集品には様々な品質があり、厚みのあるタイプなどは下部の朽ちている部分が厚く、ダンゴムシ、ミミズ、ヤスデ、ハサミムシなどが出てきます。苔玉などに使うときは朽ちている部分をスライスして使うので、虫たちは除かれますが...。
虫嫌いが流行している世の流れには全く逆らえませんが、清潔すぎる生活環境は未だ免疫力の上がっていない子供にとってはベストな生活環境とは言えないでしょう。時々、超高層マンションへ配達に伺ったときに小さなお子さんを見かけると、少し不安になります。紫外線を遮断する窓ガラス、ベランダが無く、風を通せない間取り、都心の小中学校は校庭もアスファルトだったりしますから、家から学校そして塾までの、土に接触しない行動範囲、たとえ自然に触れるために遠出しても、虫除けスプレーを吹き付けて虫刺されを予防するのです。そして怪我をすることのない遊びの蔓延。雑菌にさらされる経験が少なく、体内で善玉悪玉を選別する経験が少ないまま大人になるわけですから、免疫システムに隙ができても不思議ではありません。土を触るのは気持ちが良く、虫たちの姿や行動には興味が尽きないことを感じる経験はとても大切です。ディズニーランドで夢を見たり、絶叫マシーンで叫んだり、ぐっとくる音楽にのめり込んだり、芸術作品を堪能したりするもことも素晴らしいのですが、人知の及ばない自然の奥深い謎やその美しさに震える心こそ大切に育んであげたいものです。そんな繊細なことに感動するセンスは大人になると薄れてしまう人が多いのですから。まずは植物栽培から始めてみてはいかがでしょう。そして植物は本来、虫や微生物を呼ぶ生き物なのであります。自然物はお互いに影響しあい全てが繋がっております。
2017.8.08 Hitoshi Shirata