『育育児典』
子供が育ち、それを育むための決定的な1冊が、ある老舗出版社から出た。1967年に出版された『育児の百科』は、高度経済成長時代に独りで子育てしなければならないお母さんたちの拠り所となって、実に164万部を売る大ロングセラーとなったが、同じ岩波書店が2007年につくったのが、この『育育児典』。
まず名前を見て分かる通り、「辞典」でなく、「児典」。著者たちは「町医者歴」50年の毛利子来(たねき)さんと40年の山田真さんら大ベテランたちで、あくまでも僕たちと同じ目線に立ちながら、子供の暮らしや病気について教えてくれる。そう、この本では、上から目線でいかにも堅苦しい医療や処置を与えるなんてことは決してなく、子供とその家族が中心に据わっているから「児典」なのだ。
妊娠からはじまり、時系列で子どもの育ちようを細かくカバーする「暮らし編」と子どもの体と病気についての全てが分かる「病気編」の2冊組は、なんと1000ページ。だけれども、大充実の索引を使えば、すぐに目の前の困ったことを、驚く程平易に、優しく、温かく解決してくれる最高に頼れる近所の名医的存在だ。
もうひとつこの本の特筆すべき点は、アートディレクタ−森本千絵による装釘も絶妙だ。ちょっと横に長くて開きやすい造本、表紙の角も勿論まるく。スピンの色も抜かりなし。そして、シンプルながら強く凛とした赤色と水色と黄色の表紙には、赤ちゃんの様々な表情のイラストが。泣いたり、笑ったり、悲しんだりする、そのどの感情も慈しむべきものだと、直接響く力のあるデザイン。
彼女のような新進デザイナーをキャスティングした老舗出版社の懐の深さ。こうしたトライアルもまた、出版界での新しい胎動となってくれると嬉しいと思う。ともあれ、一家に一冊。
著者:山田 真/毛利 子来
出版社:岩波書店
2008.3.19 Yoshitaka Haba : BACH
幅 允孝(はばよしたか)
BACH(バッハ)代表。ブックディレクター。国立新美術館ミュージアムショップのスーベニアフロムトーキョーやLOVELESS、CIBONEなどにおける本のディレクションのほか、編集、執筆など、本周りのあらゆる分野で活動中。今年に入ってから、SHIBUYA PUBLISHING BOOKSELLERS、大阪の阪急百貨店メンズ館のThe Lobby、銀座のHANDS BOOKSがオープンしました。
URL: www.bach-inc.com